顔写真付き健康手帳 中央アフリカで名誉村長 日本人医師 「自然体ですよ」
中央アフリカの首都、バンギから車で約七時間のケラ村に到着する。電気すら通っていないこの農村で、約二百人の村民全員が持っているものがある。顔写真付きの「健康手帳」である。
医師の辻守康さん(七一)=取材当時=が、国際協力事業団(JICA)などの医療支援で、採血のため初めて村を訪れたのは一九七五年だった。辻さんは車から降りた瞬間、毒やりを持った村人に囲まれた。
「もうだめだ。殺されるな」とあきらめかけたが、村長が「お前の目は悪い人間のものではない」と制止した。この一言で、どうにか診察にこぎつけた。
トイレもなく、川の水を飲んで暮らす村人は十数種類もの寄生虫に感染、乳児死亡率は八割だった。
「薬をばらまくだけでは寄生虫は駆除できない。公衆衛生教育が必要」
医師と祈祷師の区別つかない それでも公衆衛生
辻さんは毎年、日本と中央アフリカを行き来し、村を訪れるようになった。しかし「医師と祈祷師の区別もつかない村人に『衛生』を教えるのは大変でしたよ」と振り返る。紙芝居を使い「体を洗いましょう」と教え手作りの健康手帳を配布。手帳には毎回の診察記録を記入した。
乳児死亡率2割に激減 「感染防ぐ意識高める」
成果は上がった。乳児死亡率が二割に激減、寄生虫も三種類程度になった。いつのまにか辻さんは名誉村長になっていた。
二〇〇二年十月四日。この日は三十七回目の訪問だった。村人は手帳を手に診察に並んだ。お手製のカバーを付けている手帳もあった。子供のときの写真をはっている男性もいる。配布するのは虫下し薬とビタミン剤だ。
「薬の効果よりも感染を防ぐという意識を高めるのが目的」と辻さんは言う。きちんと並んで待つ村人の姿はアフリカらしくない。診察がいかに重要視されているか、よくわかる。
村人は井戸を掘り、トイレを作った。井戸より川の水の方がおいしいからと飲むこともなくなった。村人は言った。
「私たちは病気で死ぬということが分からなかった。でも辻さんが来てから、それが分かった。健康に注意するという意味が分かった」
毒やりで囲まれてから二十七年。国際協力、国際貢献という言葉が空々しく聞こえるほど地道だ。なぜこれほどまでに。
「理由ですか、何でしょう。彼らにしてあげるというにはおこがましく、させてもらうというのも卑屈。自然体ですよ」
あまり知られていないアフリカの小国にも素晴らしい日本人がいた。