チベット巡礼
五体投地で5年 ラサを目指す巡礼者

大地をはう。「オンマニペーメフーム」お経を唱えながら進む「五体投地」(キャンチャ)の巡礼者。胸の前で合掌し、その手を頭の上、口、胸に当て、両手両ひざを地面に付け、うつぶせになる。  これで一歩。両手には、げたのような木を […]

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戦跡は語る
キスカ撤退の指揮官、木村昌福中将の日記展示 

青森県むつ市にある北洋館は海自大湊地方隊内にある。「北方の海上防衛」をテーマとした貴重な史料が展示されています。奇跡のキスカ撤退の指揮官、木村昌福中将の取材で2008年8月に訪問した。木村中将自筆の日記などが公開されてい […]

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YS11の設計者 木村秀政
初の国産旅客機 YS-11設計者 木村秀政①

 見渡す限りの航空機の群れ。着陸体勢に入った五機が進入ルートに沿って一直線に見える。二分に一回、一日約八百便が発着する羽田空港。平成十三年六月三十日、ボーイング、エアバスなどの欧米機に交じって大島路線を飛んでいた唯一の国 […]

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戦跡は語る
悲劇の戦艦「陸奥」 海底に横たわる映像

昭和18(1943)年、瀬戸内海で原因不明の爆発を起こし沈没した戦艦「陸奥」の船影をとらえた立体画像がある。「悲劇の戦艦」と呼ばれた陸奥の船影は、第6管区海上保安本部が撮影した。陸奥は連合艦隊の旗艦として活躍したが、昭和 […]

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忘れがたき偉人伝
第六潜水艇 佐久間勉艇長の遺言㊦ 夏目漱石、与謝野晶子も讃辞

  第六潜水艇の艇長、佐久間勉大尉(1879~1910年)が息絶え絶えになりながらも残した「佐久間艇長の遺言」は殉職した5日後、明治43年4月20日の新聞各紙で公表される。 「死に至るまで職務忠實なる行動に、胸迫り涙さへ […]

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辺境を行く
漂流者の島 鳥島 アホウドリの姿も

伊豆諸島の鳥島は、東京南600㎞の太平洋上に位置する火山島。特別天然記念物のアホウドリの他、各種の天然記念物に富み、島全体が国の天然記念物に指定されている。漂流者の島としても知られている。島は、直径約2.7㎞の円形をして […]

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忘れがたき偉人伝
第六潜水艇 佐久間勉艇長の遺言㊥

 明治43(1910)年4月15日、山口県新湊沖で訓練中に遭難した「第六潜水艇」の佐久間勉艇長以下全員が配置に就いたまま殉職していたという報は引き揚げ翌日の新聞に掲載され、日本中が14名の「海軍魂」に感動の渦に包まれる。 […]

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忘れがたき偉人伝
第六潜水艇 佐久間勉大尉の遺言 ㊤

   明治43(1910)年4月15日午前9時38分、瀬戸内の山口県新湊沖。「ベント開け」の佐久間勉艇長の号令とともに、前日に続き海軍「第六潜水艇」は艇を水中に沈め、通風筒の先を水面に出して航行する半潜航訓練に入った。 […]

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戦跡は語る
回天の島 人間魚雷の訓練基地 大津島 海中特攻、145名戦死

山口県周南市の徳山港から船で45分の大津島。何もない辺鄙な島に年間1万5000人が訪れる。島には先の大戦中、海軍が投入した人間魚雷「回天」の訓練基地が残っている。港から5分ほど、回天を運んだトロッコレール跡があるトンネル […]

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